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解離性障害 PTSD・トラウマ メンヘル日記

現実感云々はともかく、とにかく傷つけたいから傷つけてるような感じになってきた。最初はズキズキする腕がどうしようもなく現実を感じさせてくれて、それが欲しかった。けど、いまは傷つけること自体を目的にしている気がする。見苦しくなった腕。けど、見ると安心する。

自傷行為は、生きたい!という叫びだと言われることもある。ただの構ってちゃんだとも言われる。SOSでもあるのかもしれない。

わたしは彼女であったとき、性的な自傷行為をしていて、それは木は森に隠せ作戦の、ひとつの傷を目立たなくするためのものだった。彼女は生きるためにそうしていたし、そうしていなかったら生きることが困難だった。常に森を形成していなくては安心できなかった。彼女が発していた、SOSであり、生きたいという叫びだったのかもしれない。

昔、気がついたら腕が切れているということが頻発していた頃の、そして、わたしもそうするようになった頃の、そのときは傷だらけの腕に自分を重ねていた。わたしに似合う腕だと思っていた。母にバレてしまったとき、怖かった。怒られると思った。なんでこんなことするの!問いながら聞いてはくれなかった。自傷行為はエスカレートして、縫わなきゃならない傷を作るようになった。痛みに乏しく、現実感なく血ばかりが流れて、それでもギリギリの精神状態を保つ方法が自傷行為だった。許可を求めるように、今日を生きる理由を作るように、傷つけることで気持ちを奮い立たせて、今日も生きよう、と。血が流れるのを眺めることで、なにかをするという気持ちが少し湧いた。

いまの状態はその頃に似てる。精神状態はギリギリではないけれど、緩慢に、自傷する自分を受け入れてしまって、そして傷だらけになった腕が自分に似合うと思う。確実に傷ついて、さらに傷つきに行こうとしていた彼女の性的自傷と同じ。彼女はこんなことをする自分が自分には似合うんだと思っていたし、それでも自己嫌悪にも陥っていた。ギリギリになる手前を保って、そうして自傷行為をして、これ以上酷くならないところにいた。わたしも、ギリギリではないから、酷い傷は作らない。けど、傷つけないでいることが非日常になっている。傷つけることが日常。

でも、やめるべきだとは思ってる。
気怠いなあ。って、傷をつけることがだるいからだを動かす起動スイッチみたいになっちゃいけない。痛みに慣れてきて、ズキズキと痛んで現実を否応なしに感じさせてくれるのは、この程度の傷じゃ、もうない。けど、この程度の傷でとどめておくことにしてるから、あとは傷だらけの腕を見て、中二病みたいに悦に入るだけだ。
やめなきゃ。やめなきゃ。やめなきゃ。
【 2021.06.12 | Comment:0 | Edit/Admin | Top▲
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